2017年5月 その3/3
名前にリンク貼ってる通り、寺院はピンが集中している地点で、
北西のTrapeangにも行きましたが遺跡はありません。
北西のTrapeangにも行きましたが遺跡はありません。
ただし、陶片は落ちており当時集落がこの辺にあったことは間違いありません。
陶片は文字のある、少し高くなっている一帯に多く、池と寺院の間でもありこのあたりが
中心だったのかもしれません。
陶片は文字のある、少し高くなっている一帯に多く、池と寺院の間でもありこのあたりが
中心だったのかもしれません。
CISARKさんの記載では、
北東に連続した2つの池と、北に池が一つ、とあり、この画像を参考に場所を探そうとしてちょっと見当もつかず、地元民にバイタクおっさんが聞きに戻って発見。
CISARKさんのPLANではもっと狭い範囲の話でしかなかったようで、
このような寺域内のことでした。
北東に連続した2つの池と、北に池が一つ、とあり、この画像を参考に場所を探そうとしてちょっと見当もつかず、地元民にバイタクおっさんが聞きに戻って発見。
CISARKさんのPLANではもっと狭い範囲の話でしかなかったようで、
このような寺域内のことでした。
藪がひどく棘の、例の竹もあり道を拓いてくれたので中央祠堂に入りました。
この後、崩壊しているこの奥の西壁に行って赤アリに全身たかられまくりました。
一時はズボンにアリがびっしりついて布地が見えないほどでした(当社比3割増しに盛ってますがw)。
①のほうが小川を渡渉したりと大変でしたが、ご覧のように道が数百メートルに渡って水没しております。これは帰途に取ったものですが。
遺跡自体はマップでも画像上がってますが,Boeng Mealeaの付属寺院、Prasat Chrei IK218を彷彿とさせる作りです。
南西角から閉じた西、南門、および内部をちらりと。おっさんたちが立っているのが主祠堂への前衛。
南西角から閉じた西、南門、および内部をちらりと。おっさんたちが立っているのが主祠堂への前衛。
ここの破風飾りやトルソーの残欠そしてシンハ像は博物館みたいなもんで前も書きましたが
9-13世紀にわたっていて見ていて飽きません。
このシンハのかっこよさはシェムリアプ州でもかなり上位にランクインするのではないかと
個人的には思っております。
9-13世紀にわたっていて見ていて飽きません。
このシンハのかっこよさはシェムリアプ州でもかなり上位にランクインするのではないかと
個人的には思っております。
5/7
Angkor はあっさりと終りますわ。1日37ドル、はちょっとぼったくり過ぎで、遺跡保存にちゃんと
収益が使われるとよいですが。。。
Angkor はあっさりと終りますわ。1日37ドル、はちょっとぼったくり過ぎで、遺跡保存にちゃんと
収益が使われるとよいですが。。。
①Phnom Bakheng IK496 迂回路ができてからは初めて。碑文は探せず。アメリカが修復中。
②Baksei Chamkrong IK498 碑文K286 これはいつか読まねばなりませんが・・・。
③Angkor Vat IK497 第1回廊のみ。