カンボジアの歴史探訪 2

つかいにくいのでFC2にて活動しますわ。

Prasat Kraham nau kaet Otdor Mean Chey

とりあえず検証がてらCISARKさんにも載ってないので遺跡について報告まとめときます。


2017年5月追記;位置についてはこの記事は全く的外れであることが再訪にて判明しました。
5月中に記事を投稿して位置を訂正いたします。」」

Trapeang Prasatで Trapeang Prasat再訪のためSra Aemに向かう路上で若い子に訪ねたのが間違いのもとだった。

ここから10kmくらい離れているという。
おかしい。町の名前になってるくらいなのですぐ近くだったはずなのに。

逆にそのprasat の名前は何だと聞くとPrasat Krahamという。レンガ塔らしい。そりゃ昔見た時もレンガ塔もあったが。

未見の遺跡だしUtdor MeanChey州の遺跡地図も空白地帯であるので行ってみることにした。

何人かに聴いてもらったが9km先、と言ったかと思ったら12km先と言ったりである。
でも大体Psar(市場)があってそこから左に入るということは確定した。

名前も尋ね忘れた小さな市場が、不安になるころ見つかり、舗装路から左に折れてラテライトの、道幅はそこそこある道路に入った。が雨でぐちゃぐちゃで町はずれで車でいくのにおぼつかなくなった。
通りかかりの人にきくと2,3kmというので、まあ歩くかということになった。

途中ミリタリーな格好のおっさんのバイクが後ろから来たので道を尋ねたらここには
Pr.Krahamのほか先と左手とに3つのPrasatがあると笑って去って行った。
全て行ってみたいところだがとても徒歩では回れまい。
今回は一つにしぼっていくしかない。

しばらく歩くと軍の駐屯所と思しき宿舎が点々と建っている。いずれも新築である。

やはりタイとの紛争で建てられたようである。

どうもタイ国境に向かって進んでいることは、分かった。写真はやばそうなので一枚だけ帰りに撮った。
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したのグーグルアースの☆のところあたりと推測しますが実際どうか。

その中を右折する道へ入る。水浸しである。少し標高が上がってまた下る。水の中を進む。
野原から森に入りまた分岐する。まどいながら道を行くと人の声が聞こえてきた。多少集落があるのか。

教えてもらうとほどなく看板があった。
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まあ帰りに撮ったんですけど。

そしてその奥に
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このように崩落したレンガ塔が一基、環濠に囲まれてあった。

その西側にはこんな感じで小屋というか宿坊が建ってて寺を建てる予定とか。
また遺跡が取り込まれてしまうのかもしれない。

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とりあえず環濠の跡を渡って近づく。

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東向きのレンガ塔であるので後ろから近づくことになる。
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ラテライトの前室をもっていたようだ。
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今回見た遺跡の中ではPr.Preah Ko(Phnom Bayaeng)もそうだったがさすがにそこまで古くは
なさそうである。
前に石柱が一本落ちていた。これで大体時代が分かるでしょう。
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これ見ると10世紀後半からむしろ11世紀初頭辺りになりそうだがどうか。
Phnom Chisorとか。

この柱のまとめもどこかでしなければならないと思いつつ。。。

とりあえず本日はここまで。
ちょっとこの遺跡についてAymonierとLajonquiereに載ってなさそうなのでどうしたものか。

一応暫定的な地図を上げておきます。
そしてまた続きます。
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