Prasat Cha(r) Chiren その4
今日で終わりになるかどうか。
さてこの寺院、いろいろ見て行くと私が最初に提示したPlanがかなりいい加減なものであったことがばれますたのであとで改訂版を示します。
中央祠堂についても少し見て行きますが
このように四周は残ってはいるものの高さにして1mくらいまでであとは崩壊したようすです。
そして土に埋もれて行っており、昨日の写真のように北面だけがわずかに露呈しています。
使い回しで
なんとなく偽扉があったことがわかるかと。
このように四周は残ってはいるものの高さにして1mくらいまでであとは崩壊したようすです。
そして土に埋もれて行っており、昨日の写真のように北面だけがわずかに露呈しています。
使い回しで
なんとなく偽扉があったことがわかるかと。
祠堂内部を見ると
盗掘されてますが、地中に埋まってる感じがわかるかと。
こういう崩壊したレンガ塔の整然としたレンガ積列の残欠に最近妙に惹かれるものがありますが。
盗掘されてますが、地中に埋まってる感じがわかるかと。
こういう崩壊したレンガ塔の整然としたレンガ積列の残欠に最近妙に惹かれるものがありますが。
祠堂の後ろ西側には
このようにリンテルと破風の残欠が落ちてます。まあこれも盗掘被害の故ですけど。。。
リンテルに注目すると
美しい花綱ではありますが弛んでおり時代がちと下るようです。
10世紀末ないしは11世紀に近い印象です。
このようにリンテルと破風の残欠が落ちてます。まあこれも盗掘被害の故ですけど。。。
リンテルに注目すると
美しい花綱ではありますが弛んでおり時代がちと下るようです。
10世紀末ないしは11世紀に近い印象です。
ここでもう一回この寺院に残っている装飾を見てみますと
祠堂前室の屋根飾りにちゃんとNagaがいますが
これもやはり10世紀後半としといたほうがよさそうな様式ですね。
他に残ってるのを見ると
これは前衛施設付近に落ちていたものですが、これ見ると未完成、磨滅しているかどちらか
でしょうけど時代が違うような気もします。
祠堂前室の屋根飾りにちゃんとNagaがいますが
これもやはり10世紀後半としといたほうがよさそうな様式ですね。
他に残ってるのを見ると
これは前衛施設付近に落ちていたものですが、これ見ると未完成、磨滅しているかどちらか
でしょうけど時代が違うような気もします。
MakharaとNagaの胴体ですがこれも10世紀、どのあたりか?
とりあえず寺院の建造物について一通り見てみましたのでもう一回改訂版Planを
といいますか後で気づいたけど南北がひっくり返ってますすいませんわ。
といいますか後で気づいたけど南北がひっくり返ってますすいませんわ。
総括するだけの間がなくなりました。。
次回まとめてみたいと思います。