Prasat Kon Chen ~ Prasat Phnom Sandak 03
前回から間があきましたが
このPrasat Kon Chenについて細かく見て行きましょう。
とはいっても、前回示した通り、この施設が本院であると考えられるPrasat Phnom Sandakの前衛施設であることから、非常に定型的であることを確認するだけになるかと思いますが。
このPrasat Kon Chenについて細かく見て行きましょう。
とはいっても、前回示した通り、この施設が本院であると考えられるPrasat Phnom Sandakの前衛施設であることから、非常に定型的であることを確認するだけになるかと思いますが。
前と
似たような写真ですがこれは北側pavilionを東に見てるところで
図面通り北面が閉じていて、南側、中庭というか中央の空間に向けて扉が開いています。
ちと中央空間を見てみるとこんな感じで何もない、かどうかもわからないくらい
木や植物が蔓延ってます。
中央のその空間をよく見て見るとやはりレンガが落ちてます。
このレンガが、非常に謎を呼びます。
このような施設でレンガがどのような部位に使用されていたのかを
推定できるほどの遺構が見当たらないからです。
これは最終的な考察に回します。
推定できるほどの遺構が見当たらないからです。
これは最終的な考察に回します。
南側の回廊状の施設も北側は完全に壁として中央とは隔絶されています。
そして南側はラテライトではなく砂岩の建造物であること、
このこともまた、これらのタイプの施設の、重要な意味合いを持ってるのではないか
と思われます。
北側施設の腕状に伸びる部分、つまり南西面と南側施設との角を撮ってますが
ピンボケ地獄がここから始まりますww
・・・
その北側西面の様子ですが
これじゃわからないのですが
この腕の部分の南端と、南側施設ともCISARKさんのPlanによれば
隔壁のように閉ざしてあり直接アクセスできない構造です。北東角も同様です。
どうもこの隔たれていること自体に大きな意味があるようです。
南側施設の内部です。
部屋自体も構造的な問題もあるでしょうが石柱、枠で小分けされています。
回廊状構造で、南に規則正しく連子窓があり採光されていたことが
わかるかと思います。
南側施設の内部です。
部屋自体も構造的な問題もあるでしょうが石柱、枠で小分けされています。
回廊状構造で、南に規則正しく連子窓があり採光されていたことが
わかるかと思います。
ここまでみてきたことをちょっとおさらいして終わります。
この手の前衛施設と思われる建物に共通項として
・北側というかたぶん光が採れない側は壁で窓がない。
・逆に採光のためほかの3面は外向きに扉なり連子窓なりが開かれている。
光が施設に入ることを前提とした作りであることが重要な意味を持っているであろう。
この手の前衛施設と思われる建物に共通項として
・北側というかたぶん光が採れない側は壁で窓がない。
・逆に採光のためほかの3面は外向きに扉なり連子窓なりが開かれている。
光が施設に入ることを前提とした作りであることが重要な意味を持っているであろう。
・建造物の集合体ではあるがとくにこのPrasat Kon Chenの場合
コの字型の北側施設と南側一文字型施設のアクセスは意図的にできない(ことはないが)
ようにしている。
・そしてこの2個の建造物についてはどうやらその石材からしてちと扱いが違うようであり
Prasat Kon Chenの場合コの字型はラテライト主体であり、
南側施設は砂岩主体である。
このことによってこの二つの建造物との間には実は厳然たる差異が意図されているのではないか。
コの字型の北側施設と南側一文字型施設のアクセスは意図的にできない(ことはないが)
ようにしている。
・そしてこの2個の建造物についてはどうやらその石材からしてちと扱いが違うようであり
Prasat Kon Chenの場合コの字型はラテライト主体であり、
南側施設は砂岩主体である。
このことによってこの二つの建造物との間には実は厳然たる差異が意図されているのではないか。
こんなところですかね。
今回は写真がないのをいいことに考察と同時に遺跡を紹介して行ってます。
今回は写真がないのをいいことに考察と同時に遺跡を紹介して行ってます。
てことで次回へ。
2014.2の旅の後追記;
・・・次回は本来再訪する予定だった2014年2月の旅のあとのつもりでしたが行けませんでしたので
再訪できる時が来てからということにしますわ。
・・・次回は本来再訪する予定だった2014年2月の旅のあとのつもりでしたが行けませんでしたので
再訪できる時が来てからということにしますわ。