カンボジアの歴史探訪 2

つかいにくいのでFC2にて活動しますわ。

その3

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Battanbang
Banan
①Preah Toek Banan(Bet Meas)
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全く、碑文側を隠すのもだが位置を動かしたこと、そのときどうももう一面の碑文の部分破壊していること、それが遺憾にもほどがある。

②Prasat Phnom Banan IK.865
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2007年に子供たちが西経蔵前で掘りだしたドヴァラパーラが元気に主祠堂に祀ってあって一安心。

③Mebon 
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陶片。しかし祠堂もないバライの真ん中で祭祀生活を送っていたことに驚嘆する。

Battanbong
④Vat Po Veal IK.
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博物館は一階部分。略奪で散逸もしているが、ロンノル時代この寺の近くに住んでいたガイド氏の話が興味深い。彼の失われた人、場所、神像、祭りへの郷愁が胸を打つ。
⑤Vat Kandal
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 これと、北側の樹のところにナーガブッダの残欠。
Slaket
⑥Vat Slaket 
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Serei Saphon

①Tuol Vat Kokohの西1kmほどにある環濠に囲まれた丘。ということで何の資料もないが行くだけ行ってみたが見事に何もなかった。陶片も見当たらなかったがよく探せばあったかもしれない。昔の住居跡ではあろう。途中のNeak Taの祠には仏像の残欠に見えなくもない岩が一つ。

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②Vat kokoh
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③Prasat Sdok Kak 
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ラテライトの周壁に囲まれたレンガ塔と南東にラテライトの経蔵,の遺構残欠のみ。石材とクメール盤口瓶の基部が
遺跡の中のNeak Taに置かれている。

Svay Chek西部
④Banteay Preav の東のPrasat CISARKさんにあったでしょうかね?(既知の本院ともども未収載)
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多分⑤の遺跡についての項目でもなかったのでないと思いますが。
グーグル先生見て行ってみたら当然のように3基のレンガ塔の遺構があった。
また見つけられたのならうれしいことですわ。
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これは南祠堂を主祠堂からみていると、多分思います。また記事書くときに動画上げます。

⑤Prasat Banteay Preav(Banteay Priau) IK782(最初780にしてました訂正してお詫びします)
しかしCISARKさんには未収載。
Guide Aecheologiqueには記載されていました。

この遺跡群はかなり歴史的にも重要であろうと言えるのは、ここらへんから西に向かって似たような時代の遺跡が並んでいることからも明らかでしょう。

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iphoneでパノラマ写真撮っておけばよかった。。。

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さらに言うとここから一直線に西に行くとタイに入ってPrasat Sdok Kak Thomがあります。カンボジアの二人はこの碑文であまりに有名な寺院がカンボジアにないと知らず悔しがること。
健脚な石澤先生の本では国境から15mと書いてますがもう少し距離はありそうです。しかしどさくさに紛れて越境して観に行こうかと一瞬思ったりしましたが自粛しときました。


この日はまだ探訪が続きますが、ここらへんでいったん区切ります。